父の会社は卸問屋の多く集まる団地にあった。年に一回、その団地にある会社が集まり大きな運動会が開催された。
県の陸上競技場で行われ、子供や家族連れで集まっていた。入場行進があり、社員達が四百メートル・トラックの半分くらいを歩いてから、トラックの内側に会社ごとに集まって縦に並んでいた。まるでオリンピックの開催式のような始まりで高校野球のような整列だった。
私は走ることが得意だったので、そんな運動会を楽しみに父に連れられて行ったものだった。入場行進の時には、私も父とそのトラックを歩いた。
父は背が高く運動神経が良さそうに見えたが、運動は不得意だった。父は五十メートルか百メートル走に出場した。最初は良かったが後半にどんどん抜かされて順位は最後の方だった。
私も百メートル走に出場した。学校の運動会と違い、同じ年の子どうしで競争するわけではなかった。私の競争相手はみんな一、二歳上だったこともあり私は最下位となってしまった。走ることに自信のあった私は、悔しくて泣いてしまった。他の社員の奥さんが競争相手が年上では仕方ないと慰めてくれたが、負けた悔しさはどうしようもなかった。
そんな運動会もとうの昔に無くなった。あの頃は良くも悪くも人との繋がりが強かった。
一九八〇年頃