私の中学校は、近隣地域の四つの小学校から成るマンモス校だった。四十五人のクラスが十組あった。
入学する前から中学校には札付きの不良が何人かいるという話を聞いていたため、できるだけ関わりたくないと恐れていた。入学式の日は、生徒数が多いことに圧倒せれたことを覚えているくらいで式典の内容は記憶に残っていない。
式典が終わり、生徒がそれぞれのクラスに移動するため体育館からぞろぞろと歩いていた。制服姿の殺伐とした人込みの中を私も流れに合わせて歩いていた。すると、突然後ろから蹴られたような感覚を覚えて後ろを振り返ると、頭は金髪のパンチパーマで、短ランを身にまとい、当時ドカンと呼ばれていたダボダボのズボンを履いて闊歩していた。私は関わらないよう何事もなかったかのようにそそくさと歩いて生徒の波にまぎれ込んだ。
その後は教室に行き、担任の先生の退屈な長い話を聞かされた。勉強をしっかりやりなさい、毎朝、英会話のラジオを聞きなさい、定期試験があるので計画を立ててしっかりやるように、などの話だったと思う。勉強をやらなければいけないことは分かっていたが、それをどのようにやればよいのか私には分からなかった。不安ではあったが、やる気だけはみなぎっていた。
私の中学生時代の記憶は、そんな緊張した初日から始まっている。
一九八三年四月