県大会の準決勝は負けた。その時点で、地方大会には進めるがインターハイには地方大会の成績の如何に関わらず出場できないことが決まった。バドミントン部が地方大会まで進めたのは十数年ぶりで、学校としても名誉な事だった。地方大会は県外で、次に繋がらない大会ということもあり、先輩や私達、顧問の先生はみな観光気分だった。
地方大会の会場で目にしたものは、今まで見たことがないレベルの高さだった。地方エリア各県の強豪校だけが集まってくるのだからそれもそのはずだった。その中にはインターハイで何度も優勝している高校が含まれており、その強さは同じ高校生とは思えない大人と子供ほどの差があった。
私達は初戦で敗退したが満足だった。三年生は本格的な受験勉強に入る前に地方大会に出場することができ、私達は次に繋がる貴重な経験を得ることができた。地方大会から戻ったあと、三年生が引退するにあたり、学校の一室でミーティングが行われた。三年生が一人ずつ、これまでの部活での思い出や後輩達に伝えたい事など様々に話し、それが引退の挨拶だった。
一人の先輩が「自分はこれまであまり感動するということが無かったが、準々決勝で、追い詰められているにも関わらず絶対にあきらめず、どこまでも粘り続ける私の姿を見て心の底から感動した。今までの自分の人生でこんなに感動したのは初めてだった」と言っていた。その挨拶は印象が強く今でも鮮明に覚えている。
三年生が引退し、今度は自分達二年生がバドミントン部の中心となり支えていく立場となった。色々な思いが駆け巡り、どことなく寂しく思う一方で、これからまだまだ戦いが続くと心新たにした。
一九八七年六月