私の怒り

二年生の三学期が終わり春休みに入った。時は流れるように過ぎ、気が付けば高校生活も残り一年となっていた。その春休みは、五月に予定されていた最後の春期大会に向け、練習に力が入っていた。目標は、個人戦と団体戦共に地方大会出場、そしてインターハイ出場だった。

休日の練習は朝九時からで、私は必ず十分以上前には体育館に入り準備をしていた。ある時、私以外の三年生が九時になっても来なかった。その日は、いつも指導に来てくれていた大学生のOBの先輩もいた時で、私はその先輩にこんなことでは春期大会には勝てない、と不平を漏らし、いつになく怒りを露わにしていた。

十分後くらいに三年生の部員が体育館に入って来た時に、私は椅子を蹴り飛ばしてそのまま帰った。そんなことをしたのは中学生時代も含めて初めてだった。私が帰った後で、そのOBが「私が最後の大会で本当に勝ちたいと思っており、気が緩んでいては話にならない、私の気持ちも分かってやれ」と部員に話したと後で知った。

私は、自分の価値観を部全体に押し付けていたのかもしれない。部員の中には部活を楽しみたいだけの人もいただろう。しかし、その時の私は勝つことにすべてをかけており、それ以外の事を考える余裕はなかった。私の高校が勝つためには、私と主将のダブルス、私のシングルス、主将のシングルスの三つの試合を絶対に落とせなかった。私とダブルスのペアを組んでいた主将まで気が緩んでいたのでは試合には勝てない、と焦りからの怒りだった。

そんな緊張感で心が埋め尽くされていた時期だった。バドミントンに打ち込んだ高校時代の集大成となる春期大会まで、あと二か月と迫っていた。

一九八八年三月