凪模様

新居に移った後も苦しい生活は変るはずもなく、家計と住宅ローンのため、母は家事とパートに追われる忙しい日々を送っていた。

母の苦労が絶えることはなかったが、少なくとも自分の家で落ち着いて暮らすことが出来ただけでも母の心にどれだけ安寧をもたらしたことか。

幼児だった私は隣のおばさんに預けられ、母はパートに慌しく出かける日々だった。当時は、近所同士の付き合いが今よりも密接で助け合うことが普通の世の中だった。私は、いつも庭伝いに隣の家に行き、おばさんに遊んでもらったり、お菓子を貰ったりしていた。そんな牧歌的な風情が漂っていた時代でもあった。

荒れ模様ばかりの日々だったこれまでを思ったら、その頃は母にとって凪模様だったのかもしれない。だが、パートの収入ではどう考えても足りず、母は契約社員として営業の仕事をやってみることにした。必要な時に家に立ち寄ることができ、時間に縛られない仕事は母に最適だった。

その仕事との出会いは、母の人生と家族の未来を大きく変える分岐点となった。

薄暗い凪模様の地平線から暁光が見えつつあった。