暗雲漂う船出

母は自分の思いとは裏腹に結婚せざるを得なかった。父が二度目の結婚ということもあり結婚式は行われず、料亭で親戚が集まり盃を酌み交わす程度の質素なものだったという。八月真夏の新婚旅行は、わずか一泊だけだった。

新婚旅行の時は、真夏であるにもかかわらず父は一張羅の冬物スーツを着てきたのだという。呉服問屋で働いていた母は服装に敏感で、それはとても不快な事だった。旅行から帰って来た後、母は夏物のスーツを父に仕立てた。

店の近くの古アパートを借りて生活し始めたが、そこは炊事場を大家と共同で使用するような場所で、それは我慢がならないほど嫌なことだった。

母の仕事の方は、住み込みでなくなり通いで店に行くことになったため、給与は月額五千円になった。

結婚後間もなくして、店に母宛の書留が送られてきたという。おかみさんは「結婚のお祝いでも届いたのね」と言って渡してくれた。帰ってからその封筒を開けてみるとなんと父が質入した物の質札が入っていたという。母は衝撃を受けたが、誰にも言えず一人で悩むしかなかった。そのような物がなぜ自分のところにそれも店に送られて来たのか、未だに分からないのだという。

己の運命と行く末を案じずにはいられなかったに違いない。