住み込み生活もそれなりに長くなってきたある日、店に一本の電話が掛かってきた。父からであった。
おかみさんが受けたその電話は「住み込みで働いている背の高い方が云々・・・」という話だったらしい。背の高い方というのは母のことで、父は母と会うきっかけを作るため、店に電話を掛けて来たのだという。父との出会いだった。それから母は父と二、三回会ってみただけだったが、その後、母の知らない間に話が勝手に進んでおり、気が付けば籍が入る直前になっていた。
父は母の実家に話に行っていたらしく、そのことを母は全く知らなかったのだ。それを知ったのは結婚してから随分と経った後だという。「父にとっては二度目の結婚ということで根回しをしていたのだろう、肝心なことはすべて抜けているくせにそんな所ばかり抜け目が無い」と呆れ顔で言っていた。
実の所、母と母が前に居た村の青年団長とは、その後も仲の良い友達であった。母はできればその青年団長の家に嫁ぎたいと思っていた時もあったが、それぞれの家の事情からそれは適わぬ願いだった。
世の中は急速に変化していたとはいえ、地方の片田舎では戦前からさほど変わることなく、男尊女卑や封建的な考え方が色濃く残っていた。結婚は家と家がするものという風潮も普通であったのだろう。母が意思を主張したり通したりすることは至難だったし、そんな風潮に抗う術など持っているはずもなかった。
行く先は五里霧中だった。