農家での住み込みは年季が明けた後に辞め、次は自分で生活していくため呉服問屋に住み込みで働くことを決めた。筏の思い出を胸に巣立った時だった。
もともと接客業を望んでいた母には、服を売ったりする仕事は向いていた。住み込みの働き手は母の他にもいたが、すぐに辞めてはまた新たに入って来てと、母が一番長く働いていた。仕事も母が一番良く出来て、おかみさんからいつも褒められていた。
ある大雪の年、小さく折り畳んである紙が落ちているのを通りの傍らで見つけたことがあった。広げて見ると何と一万円札で、月額三千円の給与で働いていた母には大変な金額だった。母はおかみさんにすぐに伝えたところ「そのままとっておきなさい」と言われ、その時の嬉しかった気持ちは今も鮮明に残っている。
「正直すぎるがそこが母の一生の宝」と祖母からよく言われたというが、まさに母の真っ直ぐな性格が現れていた。苦労尽くしの母に神様が贈り物をしてくれたのかもしれない。
そんな日常の中、母はおかみさんと店の前の広々とした通りでよくバドミントンをして遊んだという。それは、慌しく忙しい日々のなかにあった、母のささやかな楽しみだった。
のどかな表通りで楽しげな声と共にバドミントンの羽が宙を舞っていた。(第一章 終)