当日はタクシーで会場に向かった。試合会場の総合体育館は、公式の試合ができるような立派な新しい建物だった。観覧席の一角に荷物を置き準備をしてコートに入った。
私達は、順調に勝ち進み準々決勝まで辿り着く事ができた。その試合に勝つことができれば地方大会出場の切符を手にできる。準々決勝では、先輩達がダブルスとシングルスを一つずつ勝ち、最後のシングルスで勝敗が決まることになった。そのシングルスを戦うのが私だった。私が勝敗のカギを握ることになり、しかも、相手は一年上の三年生だった。そして、三セットマッチ、一セット十一点、二セット先取の試合が始まった。
私は、一セット目を取られてしまい、二セット目も一対九と追い詰められていた。私には誰にも負けない厳しい練習を積んできたという自負があり、この試合にも負けるはずが無いと心の底から思えていた。それは高校受験の時、一度も合格圏内に入ったことが無いにも関わらず自分はこんなものではない、と心の底から信じていた時と同じだった。そのような思いの中、私は一対九から挽回して二セット目を奪い返した。三セット目も競り合いで十対十のデュースとなり、二点先取の勝負となった。最終的に私は勝つことができ、その瞬間に地方大会への出場が決まった。
二セット目一対九の絶体絶命の時に、主将は祈るような顔で声を張り上げて応援してくれていた。張り詰めた空気に覆われた試合中にもかかわらず、なぜかそんな場面を冷静に見ている自分がいた。試合が終了した直後からの記憶はあまり無く、ただ、観覧席に戻った時に一人の先輩が泣いていたことだけを覚えている。準決勝と決勝は二日目のため、その試合の後は民宿に戻った。
次の日、同じ会場に行ったが誰もおらず様子が変だった。顧問の先生が要綱を確認すると二日目の会場は別の場所だった。先生は準決勝に進んだ後のことは考えていなかったようで、二日目の会場も一日目と同じだと思い込んでいた。その後、急いでタクシーで別の会場に向かった。私の記憶はそこで途切れており、二日目の会場の場所や準決勝の試合のことは全く覚えていない。地方大会出場を果たすために全ての気力を一日目で使い果たしてしまったのだろう。
一九八七年六月