初めての下宿先は二十三区の外れにある、グリーンハウスという名前の古いアパートだった。蔦が塀の至る所に這っており不気味で、ジャングルハウスという名前の方が合っていた。一階にあったその四畳半の部屋は古めかしく、太宰治や谷崎潤一郎の小説を彷彿させる別世界の場所だった。
トイレは、押し入れだった場所に便器を取り付けただけで、風呂は、壁をくり抜いて出来合いのものを外付けしてあるだけだった。その風呂は、膝を抱えてやっと入れる大きさで、水を流した後は汚水が逆流してきたりした。
大学から下宿先に戻り部屋に入ると、何かカサッと動くような気配を感じた。ゴキブリである。電気を付けると玄関のコンクリートの隙間にゴキブリがゾロゾロと戻っていった。その場所にゴキブリホイホイを置いたら大量に入っていたことは今も忘れられない。
仰向けに寝そべり、天井を見ると、カメムシが十数匹ほど隙間に並んで張り付いており、私はそのカメムシを剥がして外に出した。梅雨にはナメクジが大量に発生して、帰宅後に畳の上に敷いてある絨毯を見てみるとキラキラと光っていた。ナメクジがそこら中を這いまわっていたのだろう。雨どいの隙間にはナメクジが何匹も蠢いていた。
その建物は、築三、四十年は経っていたのではないかと思う。私は、幼少の頃、虫取りがとても好きでグロテスクな虫も平気で取って遊んでいたので、大概の事は平気だった。しかし、この時ばかりはさすがに背筋が寒くなるような思いを幾度となくしたものだった。
古い建物で住環境も悪かったが、その場所だけは時の流れが違っていた。その雰囲気は心地よく、思い出せば一瞬であの頃に引き戻され、ノスタルジックな感覚が心を満たす。そんな不思議な建物も疾うにマンションに建て替わっており、もう存在しないと思うと幾許かの寂しさを覚える。
一九九〇年四月