私の家は汽車の通る線路に面していた。線路へは簡単に立ち入ることができ、踏切りがない所でも横切っていた。現在では線路の構内に入ることはできないし、もし人や動物が入り込んでしまえば、安全が確認されるまで電車は止まってしまう。しかし、当時、線路と一般道路の境界は今ほど厳格に管理されておらず、まるで汽車が野原の中を通っている情景に近かった。
私は、家を出ると踏切まで行かずに、家のすぐ近くの通り道から線路を横切って登下校していた。夕方、家で二階の自分の部屋から線路を眺めていると何人もの生徒が汽車が通っている構内を歩いて帰っている様子が見えた。今思えば、信じ難い不思議な光景だった。
真冬で雪が深くなっている時は、汽車の音が雪に吸収されるためなのか列車の音が通常よりも分かりにくく危険な時もあった。それでも、そのような状態は私が中学を卒業した後もしばらく続いていた。
良い季節の午後三時過ぎは、西日が家の前に広がっている松林を照らした。松の緑と夕日の色が混じり合あった光景は何とも美しかった。そんな景色を背景に、汽車が往き来するのを時折、いつまでも飽きることなく見ていた。
一九八三年
