父の日常

父は海産物を扱っている卸問屋に勤めており、毎朝家を出るのは早かった。 そのため夜は九時半から十時には床に就いていた。通常とは違い 漁港や遠方の市場に行く時は、朝四時前に家を出る事もあった。

私が小学生の頃、日曜日の夜はいつも父と日曜洋画劇場を見ていた。父は、十時頃になると寝ないといけないから、と言って途中で部屋に戻っていった。続きを見たくないの、と聞くと「話の続きを想像しながら寝るから」と言っていた。いつも布団に入りながらテレビを見ていた私は、父が部屋に戻った後、いつの間にかに寝てしまうことが多かった。

父は毎晩必ず日記を書いおり、その習慣は何十年と続いた。十年日記や五年日記を使用し、過去のその日の出来事が分かるようになっていた。毎日二、三行でその日の天気やちょっとした出来事が記されていた。日記も数十年継続する事は大変だ思う。その日記も引っ越しや何かのタイミングで処分されてしまい今は見ることが出来ない。

戦中で十分な教育を受けることができなかった父は、文字や文章を書く練習をしていたのだろう。父にとっては文字を書く練習だったかもしれないが、私にとっては大切な歴史の記録で、もう見る事が出来ないと思うと残念でならない。

一九八〇年頃