バドミントン部を引退した三年生の受験も終わり、それぞれ進路決まった後、三年生が一、二年生をボーリングや食事に連れて行くことが毎年の部内行事となっていた。そして、それが三年生の送別会だった。
送別会が行われたのは、三月も終わりに近くなった頃だった。学校はすでに春休みに入っており、午前中の部活が終わると一旦家に戻り、制服から私服に着替えて待ち合わせ場所のボーリング場に行った。ボーリングを楽しんだ後は、各三年生が後輩を何人か連れて別行動をし、夕方にまた皆で集まることになっていた。
私は、中学校から同じバドミントン部だった二年生と三年生の先輩グループで行動した。その二人は中高ともに主将を務めるようなリーダーシップのある先輩だった。二年生の先輩は、高校から一人暮らしをしており色々な店を知っていた。その先輩が美味しい蕎麦屋を知っており、そこで食事をすることになった。
私は、二年生の先輩とは気軽に話せたが、三年生の先輩とは話しずらく終始緊張気味だった。座敷だったので私が正座をしていたら、三年生の先輩に足を崩してもっと何か話せと言われたりしたが、そう言われても話すことが無く困った。私は、バドミントンコートでは自分を出せたが、それ以外の場所では苦手だった。
夕方に全員が集まると、そこから居酒屋に場所を移した。先輩達が普通にビールを飲んでいることに驚いた。どうみても高校生の団体だったが、居酒屋も黙認しているような長閑な時代だった。
あの日は春の良く晴れた日だった。大きな橋の上を歩きながら望んだ夕日は、街並みを一層美しく引き立てていた。
一九八七年三月
