実家に帰った時、父はカメラと釣り具を私に見せ、「もういつ何時自分もどうなるか分からないから、このカメラと釣り具を私に残すために大切に取っておくから」と言っていた。
カメラは両親が結婚したての貧しかった頃、父が無謀にも買ってしまった品物だった。当時の値段で六万二千円だった。父の月給の二倍以上だったと言う。その事について母は、食べ物を買うお金すら無かったのにあんな物に大金を使ってしまって、と今でも恨み節を言う。
私が子供の頃、父は家の近くの写真館に出入りしていた。そこのオーナーが父に、そのカメラのレンズはとてもめずらしく価値ある物だから、誰かが買いたいと言っても二〇万円や三〇万円程度の値段で売ってしまってはいけない、と教えてくれたと言う。
父はそのカメラを生涯大切にしていた。今では手に入れることのできない骨董品的な価値を有している。父の生前からカメラは私の息子に渡すことになっていた。息子は写真が趣味でカメラには詳しく、価値をよく理解していた。
釣り具は、父が定年後にパートで働いて得たお金で買ったもので、どれも高級品だった。残念ながら、その釣り具は父がケアハウスに入居した後、同じ入居人にあげてしまったという。
カメラは無謀な買い物だったかもしれないが、孫の手に渡るような宝物にはなった。私と息子は、そのカメラが手元に来た時に、そのカメラで皆の写真を撮って現像してみよう、と話している。そうすることが供養にもなるのだと思う。
二〇一〇年夏