小学生になる前くらいまでは体中によく出来物ができた。
おしり、おなかや太ももの辺りは特によくできた。大きさは五ミリくらいのものが多く、その膨らみには黄色い膿が溜まっていた。また、直径三センチくらいに大きく腫れてそこに黒ずんだ血が溜まっている時もあった。肛門の近くには、大きい方の出来物ができることが多かった。その時は、こわばって痛く、歩くこともままならないため何日も寝ていたことがあった。寝床から部屋の天井を見ると、裸電球がぶら下がっていた。
いつも家からタクシーで五、六分のところにある街医者に連れて行かれ、たくさんあるおできを一つずつピンセットで潰された。それが怖くて、痛くていつも大泣きしていた。特にわき腹にできたおできを潰すときが一番痛かった。
肛門の近くにとても大きな出来物ができた時のことははっきりと覚えている。便所に立ってちょっと力を入れたら、その出来物が破れて「ピシャー、ピチャピチャッ」という音と共に足元の床が血だらけになった。痛くはなかったがその様相が恐ろしくて大泣きした。便所のやや大きめの窓から入る光が妙に明るかった。
便所は汲み取り式でやや高めの段差が一段付いおり、大の時はそこを登って用を足す作りになっていた。小の時は登らずに立って用を足した。紙は現在のようなロールになっているトイレットペーパーは無く、固めの四角い紙がかごに入っていて一枚ずつ取って使用した。ちりがみ交換の紙がいつも置いてあった。床はタイル状の小さな石が散りばめてあるようなものだった。お風呂の床に近い感じで掃除をし易くなっており、束子でごしごし擦っても大丈夫な作りだった。
一九七五年頃