父が旅立った後、私は記憶を辿り続けてきた。今もなお父が逝った事を実感できていない。父が七〇代の時、言っていた事がある。「自分の兄弟は皆、三の付く歳で亡くなっている。自分はきっと八十三歳だろうな。自分の方が先に逝った方が良い」
父は足腰が強く、八十歳を前にしてテトラポットや岩場を動き回ることが出来た。その父が、歩行器が必要で目もほとんど見えなくなっていた事は信じ難かった。私は、八十三歳を越えた父が少なくとも九十三歳までは往生できると思っていたため、突然の訃報に唖然とするしかなかった。
コロナ禍のため私は日本に帰国することができず、本来は私が喪主となるべき葬儀に行く事ができなかった。私は、英国で医療的に脆弱な人に指定されており行動制限があるため、帰国は事実上不可能だった。ただ、この現実はずっと以前より覚悟していたことも事実で、どこかで心の準備は日々行っていたように思う。
いみじくも私の息子が、父の旅立ちの報を受けた私の肩を軽くたたき「人は誰かの記憶にある限り死ぬことはない。本当の死はすべての人の記憶からその人が消えた時だ」と声を掛けてくれた。孫は立派に成長している。「自分が駄目でも息子がきっと、それでも駄目なら孫が必ず」、この思いが消えることは無い。
二〇二〇年十二月二十八日