私が就職して十年近く経ち、英国に駐在員として派遣されることになった。
渡英する直前に皇居近くのパレスホテルで両親が壮行会を開いてくれた。そこには私の姉家族と妻の両親が招待されていた。広めの和室に皆が集まり、 最初に父が「会社で将来を嘱望され海外勤務を命じられるまでになった自分の息子を誇りに思う」という内容の挨拶をした。 その後、料理を楽しみながらの会話も弾み、幼少の子供達は部屋の中を走り回り賑やかだった。
会を無事に終え、妻の両親は帰宅の途についた。私の両親と姉家族は遠方のためホテルで一泊することになっていた。私は、皇居が一望出来るその部屋で、両親といくらか話をしたあと帰宅した。
父はあの時どのような気持ちだったのだろうか。私が学生の頃、父が「自分は駄目だったかもしれない、自分が駄目でも子供が成功して世間を見返してくれると信じている、もしも子供が駄目でも孫がきっと成してくれる、そう信じている」と言っていた。戦中に生まれ、世間の冷たい向かい風を受けてきた父の言う「自分は駄目だったかもしれない」という言葉に苦衷を感じざるを得なかった。
父は、自分には叶わなかったが息子が代わりに世間を見返してくれた、と思えていたのだろうか。そうであったと信じたい。
二〇〇四年四月三日