ジュークボックス

大学生になった最初の夏休みに帰省した時、家族でボーリングに行った。

私にとっては、希望の大学に入ることができ、東京で一人暮らしを始めた特別な年だった。心が晴れ晴れとし、気持ちも明るくなっていた。家族みんなで楽しくボーリングを終えた後、休憩場で一休みしていた。近くにジュークボックスが置いてあったので私は「紅」をかけた。

皆で帰る時に父は「元々楽しかった性格が、もっと楽しくなって東京から帰って来た」と嬉しそうに話していた。確かに、私は今までにない刺激や影響を受けて視野が広がりつつあった。しかし、私は父が思うような楽しい性格ではなく、東京に行って変わったわけでも無かった。そのような私でも父にとっては、自分の息子が立派に楽しく東京で勉強している、と輝いて見えたのかもしれない。

父が私を誇りに思えていたのなら、私もまた嬉しく思う。「紅」を聞くとこの時の事を思い出す。

一九九〇年