私が小学生の頃、日曜日はいつも父の早朝ボーリングに付いて行き、午後は釣りに出掛けた。仕掛けの針やおもり、餌などを買うのは私の役目だった。父はいつも私に「これで好きなものを買っておいでと」と千円を渡してくれた。「千円でこんな遊びができるなんて安いものだ、釣りをしている時は仕事の事も忘れることができる」とよく言っていた。
私は毎朝、学校に行く身支度を終えて家を出るまでの十分、十五分間で釣りの本を見ながら、どんな針やおもりを使ったら良いのか研究していた。そして、日曜日になるとそれまでに考えた仕掛けを買って父と釣りに行った。天候を予測するため雲の種類や形も観察した。今日は雨が降りそうだ、今日の風向きでは波が荒そうだ、昨日は雨が降って水が濁っているからフグしか掛からないかもしれない、と父が運転する車の中で話しながら釣り場に向かった。
釣りに行けるのは日曜日の午後だけなので、多少天候が悪くても無理して出掛けた。そういう時は大抵何も釣れず、残念な気持ちで帰るしかなかった。帰り道では、必ず途中にある自販機で飲み物を買うことになっていた。父はいつもホット缶コーヒーで、私はジュースだった。何も釣れなかった時は、父は「やけ缶コーヒーだ」と言いながら二人で笑いながら帰ったものだった。
そんな「やけ缶コーヒー」も遠い昔の記憶となった。父はあの世でホット缶コーヒーを飲みながら釣りでもしているのかもしれない。あの世ではいつも大漁で「やけ缶コーヒー」はもう必要ないのだろう。
一九八〇年頃