私の小学生時代を一言で表すなら、陰と陽に二分された時代だった、と言える。前半の一年生から三年生は地獄の日々、四年生から六年生はその地獄から抜け出すことができ、微かでも明るさを感じた時代。
特に二年生は、私の人生の中で暗闇が集中した時期だった。自分に自信が持てない中で襲ってきた給食の悪夢。そして、他の生徒とは違う弱い私はいじめにもあった。外からはその実態など見えるはずもなかった、学校という牢獄。両親に話す勇気もなく、話したところで理解されないだろうという絶望の中で暗くなっていった低学年時代。恐怖が心を埋め尽くし、勉強に集中など出来ようはずもなかった日々。挙げればきりがないほど苦痛に満ちていた時代だった。
学校とは一体、何を目的とした施設だったのだろうか。私にとっての学校とは、勉強をさせないようにする施設であり、苦痛を与え調教するだけの場だった。絶対強者である学校や教師と、それに歯向かうことが不可能な絶対弱者であった私との関係は、この世の縮図だった。
書道とマラソンが一筋の光となり、私を絶望の淵から辛うじて救ってくれた。小学四年生からの担任の先生によって私は救われ、完全に破壊された心はたとえ元に戻ることはなくてもゆっくりと癒えていった。少しずつ成績が向上し、書道やマラソンは学校が認めるまでになった。四年生から六年生まで続けたサッカーは、補欠ではあったが全国大会に出場するまでになった。サッカーを好きになることはついになかったが、良くも悪くも思い出は残った。
小学生時代を総括すれば、自分を停滞、いや、後退すらさせた陰の低学年時代に対し、自分を飛躍させてくれた陽の高学年時代、そんな日々だったと言える。こんなにも明暗が分かれた時代は後にも先にもこの時だけだった。それを成長過程と言うことは簡単だが、叩きのめされた状態から人の道を踏み外すことなく立ち上がれたのは、運が良かったからとしか言いようがない。そこに再現性は無く、今でも思い起こす度に複雑な心境と感情が沸き上がる。
この時の体験がその後の人生における一つの尺度となり、私の価値判断基準に大きく影響していることは間違いない。それが私にとって良いことなのかどうかは分からないし、おそらく分かる時が来ることもない。私に出来ることは、ただそれを受け入れることだけなのだと思う。
一九八三年