サッカー部に入部した後、私は四軍チームに入り、背番号は二十八番を貰った。ユニフォームは緑色の柄で、一人ひとり自分のユニフォームを学校を通して購入した。秋頃に大会があり、近くの工業高校で行われた。私は四軍で初めて試合に出場した。その試合ではPKまでいったが、勝つことができた。
次の試合は、優勝候補の学校のしかも一軍と対戦することになった。相手チームは補欠選手ばかりだったが、当然のことながら遊ばれて終わってしまった。その時に相手チームのあまりの上手さに愕然とした。
その日家に帰り、夕食や夕食後の団欒では、一回勝ったことをいつまでも得意になって繰り返し家族に話していた。あの時はこうだった、ああだったと身振り手振りで話した。家族は同じ話に飽き飽きしただろうに、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた。ずっと学校に馴染めなかった私が、少し変化してきたことに家族みんなが安心していたのだろう。
サッカー自体を楽しいとはあまり感じていなかったが、それでも試合で勝ったことはとても嬉しかった。何が楽しいというよりは、何でもよいから「勝つ」ことそのものが楽しかったのかもしれない。その頃から私の中には、楽しむという事よりも勝つか負けるかということだけが大切なことになっていたように思う。
それは良いことではなかったかもしれない。しかし、低学年の頃のトラウマから私の心は狭く、卑屈になっており、何かをゆったり楽しむという感覚も余裕もなかった。
一九八〇年