退院前日、体に付いているものは、カニュラと心電図装置だけとなった。その頃には、病棟を自由に歩き、身の回りの事も自分で出来るようになっていた。
その夜、看護師の一人が日本について話しに来た。彼は、日本に興味があり、アニメとラーメンが大好きだという。今まで日本に行ったことが無いので、必ず行こうと思っている、と話してくれた。
おすすめのラーメンやその場所を教えて欲しいと頼まれたので、私は、海外から日本に訪れた人にとって最も適していると思われる場所や方法を携帯で調べた。私は、紙に出来るだけ分かりやすく書いて、その看護師に手渡した。彼は、自分のTo Doリストに入れて、必ず実現させると楽しそうに話していた。
私は、そんな会話を普通に楽しめるようになるまで回復していた。翌日、様々な書類を受け取り、一通りの説明を受けた後、執刀医や看護師に挨拶を済ませて、午後六時過ぎに病院を後にした。
妻に迎えに来てもらい、タクシーで帰宅した。タクシーから降りる時、体を動かすとまだ鋭い痛みが走ったが、家に入り階段を一人で上って自分の部屋に行った。自宅で一か月半ほど静養して仕事に戻る予定だった。
二〇十八年十二月二十一日