イノコリ

「居残り」という言葉を聞くと暗澹たる小学二年の時の記憶が蘇る。勉強が出来なかった私は、漢字を覚えることも苦手だった。学校では、覚えた漢字のレベルによって等級が付けられていた。難易度に応じた漢字テストで満点なら、色付きの四角い小さな画用紙に何級と印刷された合格証を貰える。

決められた等級まで満たない場合は、放課後、「居残り」させられる。この「イノコリ」という響きも私が嫌悪した言葉の一つだった。

合格できなかった生徒が、放課後の教室に数人残っており、何度も何度も書いて先生に見てもらい満点になった子は帰ることができた。私は、給食の時のように一番遅くまで居残りさせられることが多かった。何とか合格して、電気は付いていたが薄暗く感じた教室を後にし、学校から外に出ると、辺りはすでに薄暗くなっていた。

帰りが遅いため心配した母が、学校の門の近くで待っていてくれることもしばしばあった。母は笑顔で遅かったね、頑張ってたんだね、と言ってくれたがその笑顔が私を余計に辛くさせた。小さいながらにこんなにバカでごめんなさい、自分が一番最後まで居残りさせられた、という気持ちだった。そんな時はいつも悔しさで涙ぐみ下を向いて家まで歩いた。母の笑顔は一層私の涙を誘う一方で、母は私がどのように学校で過ごし、どんなに嫌な思いをし続けているかなど分かるはずもないと絶望を感じていた。

等級が印刷された深緑や黄緑の小さな合格証を今も複雑な気持ちで思い出す。

一九七八年