一つの結論

母に対する父の態度は子供達に対するそれとは明らかに違った。

父は、母が言うあらゆることに対してまず反発して見せ、結局、後で母の言う通りにすることが多かった。父にとって母はどのような存在だったのだろうか。正確に知ることは難しいが、七年前の出来事の中からヒントになる言葉はある。

父は私に「座っていれば身の回りのことはすべてやってくれた。全自動だった」と母について言ったことがあった。それを私から聞いた母は「私の存在とは一体何なんだろうか、ただのロボットだったのかね」と愕然として言った。どのように時代が移り変わっても、父の男尊女卑の感覚は変ることはなく、父の言動・行動は常に母を見下した立ち位置からだった。

父の姉への態度は全く異なりとてもよく世話をしていた。姉も父からはよく面倒を見てもらったと感謝している。私は、母、姉とは違い、父との深い付き合いは無かったと感じている。

父とはどのような人間なのかこれまで考え続けて来た。母の父に対する見方が整合的となるような仮定はやはり「知能的な問題」だと私は思っている。父の記憶がすぐにぼやけて曖昧になってしまうとしたら、記憶自体が自分の都合の良いように変化しても不思議ではない。それが違和感のある言動と行動に繋がっていると考えられないだろうか。いくつかの例が思い当たる。

父は母が倒れた時のことを「母はあまり具合が悪そうに見えなかった」と言っていた。決してそうではなかったはすだ。父が「意図的」に嘘を言っていたというより、母が倒れた時の記憶が曖昧になり、父の中で都合の良いように変化したと解釈する方が自然に思える。

また、父は、母の病気が退院後にほとんど治ったと思っていた。そんな軽度の疾患でないことは誰でも分かる。しかし、母が倒れた時の父の記憶は曖昧になり、退院したという事実から問題はすべて無くなったと記憶が変化したのではないか。

母は結婚当初から父の言動・行動に違和感を感じていた。そのことは、父が相当に若い頃から、もしかしたら幼少期から知能・記憶に問題があったことを示しているのではないか。しかも、その問題が表出するのは恒常的ではなく一時的で、年齢と共に頻度が高くなっていったのではないか。

一つの結論として「父は、幼少・児童期の頃から知能的に問題があるかないかの境界におり、その時々で良かったり悪かったりした状態を繰り返してきた。母、姉、私から見た父の像はそれぞれ大きく異なっており、それらはすべて正しい」と言えるのではないか。父の時代にそのような問題が認識されることはなく、父もまた世間の冷たい風に打ち拉がれて来たのかもしれない。