黄金の時

父との話合いの後、母は実家に戻った。母は、リハビリも兼ねて外出するようにし、出来るだけ父との接触を避けるようにして過ごしてきた。しかし、あの夜の記憶は決して消えることなく母を悩まし続けていた。

だが、最近、母と父は別々のケアハウスに入ることになり、ひとりになりたいと切に願い続けてきた母の思いがついに実現した。母は本当の安寧をやっと心に取り戻すことができたのだ。

私はこんな風に考えることがある。もしも父がこのような人間でなかったとしたら、私は母と今ほどの良好な関係は築けていなかったかもしれない。また、母が死の淵から生還したのは「まだそこに居なさい、苦労した分人生を十分に楽しみなさい」という天の配剤ではないだろうか。

母が倒れてから共に過ごして来た時間、そして、これから過ごす時間は神様が与えてくれた黄金の時ではないだろうか。この時間は、母と私の中に年輪の如く刻まれ続け、過去のどのような時よりも強く暖かい光を放っているのではないだろうか。負の気持ちを無くそうと無理することはない、神の啓示だと思って黄金の時を精一杯過ごせばよいのではないだろうか。

母物語 完