秘境
その昔、天界に仙人がいた。その仙人はお茶を飲みながら色々な惑星の様子を見物するのが楽しみだった。そんなある時、仙人は乗り物惑星を見つけた。
その惑星には、二つの車輪を付けた乗り物達が生活していた。綺麗な色の乗り物、かわいい乗り物に格好の良い乗り物、ピカピカ光っている乗り物。皆、自分の格好を誇らしそうに走っていた。そして、綺麗に整備された道を通ることが一番安全に走ることができるので、皆その道を使っていた。
道端に咲いている様々な花たちは、そんな乗り物にあこがれてぴょんと飛び乗って行った。仙人がふと目を上に向けてみると、それは一際目立つ一輪の美しい花が今にも崩れ落ちそうな高い崖の上に咲いていた。仙人がその花の様子を興味深そうに見ていると、不思議なことにどのような乗り物にも全く目もくれず、ただ優雅に風に揺られているだけだった。
そんなある時、仙人は、四角い薄汚れた箱に四つの車輪が付いた変った乗り物を見つけた。他の皆は、そんな形の乗り物など見たことがなく、自分達と違う形を揶揄した。
ところが、崖の上に咲いている一輪の美しい花は、その風変りな四角い箱にぴょんと飛び乗った。仙人は驚いて見ていると、その風変りは、他が走っている綺麗な道には行かずにでこぼこの道の方に行ってしまった。更に見ていると、その道の先には自由に走れるだれも通ったことのない道があるようだった。
その風変わりは、車輪を二つではなく四つに増やし四角い形にして自由に走れる道を行けば、他の乗り物の数十倍の速さで走れることを知っているようだった。そして、自由に走れる道の彼方に消えて行った。
仙人がその先を見ると秘境が霞んで見えていた。
黄金郷
それから随分と時が経ったある日のことだった。相変わらず天界の仙人がお茶を飲みながら、楽しみの惑星見物をしていた。仙人はふと遠い記憶の彼方に乗り物惑星があったことを思い出して、その惑星をあれこれと探した。そしてついにその惑星を見つけて、しげしげと覗き込んで見た。
仙人は目を丸くした。乗り物惑星は、すっかり姿を変えてしまい、至るところに自由に走れるすばらしい道が作られていた。皆、美しい形をした四角い乗り物に変っていた。仙人は、そうだ、あの風変りな乗り物と皆同じ形になっていると気がついた。しかし、あの時の薄汚れた四角い箱のような形ではなく、それはみな美しい色をした格好の良い形になっていた。地響きのような音を鳴らしながら力強く突っ走っていく乗り物、ぺったんこの四角い箱に大きな車輪を付けて爆音を鳴らして走り去っていく乗り物、目がチカチカするような色をしたおしゃれな乗り物、その昔には考えられないような格好の良い乗り物ばかりになっていた。
昔から随分と進化して、その乗り物には誰がどこを走っているのか一目で分かる機械が取り付けてあった。皆が一番先を走りたくて競い合っていた。
そして、道端に咲いている花たちは、そんな乗り物にぴょんと飛び乗って行った。仙人がふと目を上に向けると、驚いて目を丸くした。あの時、崖の上に優雅に咲いていた美しい一輪の花のようだった。しかし、今は前と色が全く違っており、この世のものとは思えない美しい色をして不思議な光を放っていた。
仙人がしばらく見ていると、その一輪の気高い花はあの時と同じようにどのような乗り物にも興味が無い様子で今にも崩れそうな崖で優雅に風に揺れていた。
仙人が退屈そうに眺めていると、風変りの四角い箱の乗り物がのろのろ走っていることに気がついた。そうだ、あの時の薄汚れた四角い形の乗り物に違いないと。形はあの時と変らず同じだった。色は少し変っていた。みんなが綺麗な色になったのが気になったのだろうか、薄暗い灰色のような色で全く光ることも無くくすんだ色をしていた。
不思議なことに、皆が目にも止まらないような速さで走り抜けて行く中で、その風変わりな乗り物は、亀のような速さで、しかも綺麗になった自由に走れる道ではなく、その脇にあるでこぼこ道を走っていた。他の乗り物達は皆格好の良い印を一番目立つ前の部分に誇らしげ付けていた。その印は、星の形をしていたり丸の中に複雑な模様があったりと様々だった。ところが、その風変わりな乗り物の印は、ぶたの鼻のような形をしたものが後ろに付いていた。他の美しい格好の良い乗り物達は、そのぶたの鼻の様な印を揶揄して走り去っていった。
仙人は、その風変わりな乗り物はどうしたものかと眺めていた。ところが、崖の上に咲いているあの気高い一輪の花が、ぴょんとその風変わりに飛び乗ったではないか。仙人は瞬きをするのも忘れて見入っていた。
風変わりな乗り物は、仙人と飛び乗った花にやさしく微笑んだ瞬間に消えてしまった。そして、他のどの乗り物達の機械にもその風変りは写らなかった。
仙人は思案にくれた挙句にようやく膝を打った。そうっだったのか、あのくすんだ地味な灰色は機械に写らなくするためだったのだ、消えたのではなく音の速さを超えてしまっていたのだ、ぶたの鼻の様な印こそがその速さの源だったのだ。そして、道を走ったのではなかったのだ、と空を見上げた。
仙人の目には、遥か彼方の空高くに黄金郷が写っていた。
二〇十九年四月二〇日

