大学が夏休みに入ったあと、しばらくして実家に帰った。大学の夏期休暇は長く、七月初め頃から八月末までだった。九月には前期試験が控えていた。
七月から三週間ほど実家に戻り、八月初旬にはサークルの夏合宿のため一旦東京に行き、その後、お盆に再び実家に戻る計画を立てていた。
七月、実家に帰省した時、高校バドミントン部の夏合宿に、同級生だった部活の仲間と遊びに行った。OBとして部活を見るのは初めてで、見物したり指導したりする側は気楽で楽しかった。
その日の夕食は、高校内にある食堂で高校生に混じって一緒に食べた。バドミントンの顧問の先生の一人は数学の教師で、食後にはその先生が大学で勉強した事を教員室で話してくれたりもした。気になっていた高校近くの中華料理店は、店閉まいはしていなかったが、その日、店は開いていなかった。ご主人の体調が心配だった。
実家では、毎日のように母が私の好きな食べ物ばかりの豪華な手料理を作ってくれた。週末は家族でボーリングをしたり、父の釣りに付き合ったりした。受験という重石が無くなったあとの夏休みは気持ちが晴々として最高だった。これまでの人生を振り返ってもこの時のような気持ちになれたことはない。
そんな中でも暇さえあれば数学の事を考えていた。大学受験を終え、今度は数学という大きな世界の中に身を投じている、という感覚だった。それは自分が最も望んでいたことであり、深く充足する気持ちが心を覆っていた。
自然に汗が滲んでくるような夏の暑さだった。その時の雲ひとつない美しい夕方の空は、一点の曇りない私の歓喜溢れる気持ちを映しているかのようだった。この夏のひと時は、決して忘れることのない私にとっては宝の想い出となっている。
一九九〇年七月