下宿探し

大学も正式に決まり、東京で一人暮らしをする準備をしなければならなかった。地方出身の私は、大学から届いた案内に従い、母と共に日帰りで東京に赴き下宿先を決めることにした。

大学斡旋の下宿先は、いつの時代の建物だろうかというくらい古く、その上家賃も高かった。学校推薦なのだから良い物件をすぐに契約できると思ったが全く違った。その当時、地方出身の学生向けの制度は充実していなかった。

下宿先一つ訪ねるにも公衆電話で先方に連絡した後、地図で行き方を調べながらの移動となり大変だった。到着した後は大家に会って説明を聞き部屋を見たり何かと時間がかかった。結局、二か所しか見ることがでず、日帰りであっことから、二か所のうち風呂・トイレ付の部屋は一か所しかなく、そこに決めるより他なかった。

当時、日本はバブル期で、下宿先は都心から離れていたが東京二十三区内だったため、古い物件にも関わらず家賃は一か月五万五千円と高かった。その建物の外壁は蔦に覆われていたため、私と母はジャングルハウスと名付けた。

大学が始まるまで日が浅かったため、また来て探すという訳には行かず仕方無かったが、それにしてもひどい所だった。そして、家財を揃えるためにまた日を改めて再度上京することにし、その日は最終の新幹線で帰宅した。

一九九〇年三月