当時、大学の合格者は地方新聞の朝刊に掲載されたので、東京に出向くことなく合否を知ることができた。私は、第一希望の私立大学の受験を終えて、二週間後の合格発表を待っていた。
私は、合格発表当日の朝刊を見ることが恐ろしかったので、早朝の五時前に新聞が届いた後、すぐに自分の部屋に隠した。第一志望以外の私大は全て合格していたが満足ではなかった。もう次は無いと思うと、結果を見る勇気がなかった。
家族が朝起きて来て「今日は朝刊入れ忘れたのかね」という声にドキッとした。今思えば可笑しなことだが、家族が出勤し家で一人になった私は、心の準備が出来ずに新聞を見るか見ないか考えあぐねていた。しばらく紋々とした気持ちでいると、電話が掛かって来た。受話器を取ると姉からで、「合格しているよ、新聞に名前が出ているけど」と教えてくれた。
天にも昇る心地で急いで新聞を見ると、本当に自分の名前が掲載されていた。私は、雄叫びを上げて神棚の前にへたり込み、何度も神様にお礼をした。思い返すと、高校受験、大学受験共に合否を確認したのは、自分ではなく母や姉だった。
その後、国立大学の受験は取りやめた。第一志望に合格した事と一人暮らしの事を考えると、地理的にも東京の方が実家に近く何かと良いと思ったからだった。こうして山に籠るような自宅浪人生活が遂に終わった。四月からは東京で一人暮らしをしながら、望んだ大学でやりたい勉強をできる事が決まった。
家族が帰宅した後に本当は新聞を隠していたことを話し、みんなで大笑いしたことが懐かしい。まだ外は春になる一歩手前で寒かったが、長らく心を覆っていた重い気持ちがやっと消え去り、心は晴々としていた。
一九九〇年二月