目標の無い日々

部活を引退した後は、受験勉強に集中しなければならない時期となった。しかし、私は、自分のやりたいことが何なのか分からず、大学に進学する意味そのものも分からず霧の中を彷徨っているような心境だった。私の高校では、ほとんどの生徒が大学に進学するするため、それ以外の選択肢を想像できなかった。

当時、学歴を得るために大学に進学し、優良企業に就職して安定した生活を手に入れることは、今とは比較にならないほど人生の成功例として広く世の中に受け入れられていた。戦後の貧しい状態から高度経済成長を経験し、その後バブル経済に入っていた日本の世相にあっては、そのような画一的な価値観が浸透したのも無理はなかった。

私は、小学生の頃から集団あっての個人というような日本独特の風潮を受け入れることができず、その象徴のような「学校」という場に馴染めなかった。それは中学、高校でも変わらなかった。

そのため、企業の中に自分が埋没して生きて行くことに、喜びを感じるとは到底思えなかった。そして、そのような生き方をせざるを得ないのだろうか、と思うと恐怖すら感じた。そのような社会で良い席に座るためのチケットである「学歴としての大学」という考え方に同意せざるを得なかったが、同時に息苦しさも感じた。

そんな漠然とした息苦しさを感じながら、家と学校を行き来するだけの単調でどことなく寂しい毎日を過ごした。週に一回の英語塾と帰宅してからの勉強は、それまで通りやってはいたが集中できていなかった。三年生の夏休みは、もう部活も夏合宿もなく減り張りの無い日々の中、予備校の夏期講習をいくつか受講してみたりと、ありきたりの受験勉強をしていた。

大学とは如何なる所なのか全く想像も付かず、なぜ自分が大学に行こうとしているのかすら明確な理由を見出せないまま月日は過ぎて行った。

一九八八年後半