私の高校の体育祭は、大規模で力の入った伝統行事だった。
その当時、各学年は十組あり、それぞれの組の一年生から三年生が一つの連合となり十の連合で競い合うものだった。体育祭の近くになるとグランドに十の桟敷が組まれ、桟敷の上には、その連合を象徴するデザインを貼るための大きな看板が備えつけられた。当日は、それぞれの連合がその桟敷に座って応援したり、そこから競技に出場したりした。一つの桟敷に三クラスの生徒が座れる規模なので、これが十個もあるとその眺めは圧巻だった。
体育祭の一か月前くらいから、放課後にそれぞれの組の一年生から三年生までが集まり、創作ダンスの練習をやったり、どのような服装にしたりするのかなど話合った。一年生だった私は先輩の言われるがままに練習したり服装を準備したりした。毎年、それぞれの連合の創作ダンスは見どころだった。時の時事問題や様々な社会問題をテーマにした創作ダンスを一三〇人くらいで行うのだから迫力がとてもあった。
私は時事問題に疎く、なぜあの連合の創作ダンスの評価が最も高かったのかなど良く分からなかった。社会人になってから、その時の題材を理解したこともあった。生徒が企画立案するので、高校生なのにあのような時事問題を理解していたのか、と後に振り返ってみると改めて自分の高校のレベルの高さに驚いたこともあった。
面白かったのは、後日、連合の評価に応じた個数のあんぱんを一人ひとりが賞として貰うという伝統だった。個数は正確には覚えていないが、私もいくつか貰った覚えがある。今もあんぱんを食べる時はふと思い出したりする。
一九八六年六月