有終の美

合格発表の次の日から高校へ入学する日までは二週間くらいあった。中学校は入試の前に卒業式を終えており、高校へ入学するまでは社会的にどこにも所属していない不思議な期間だった。

こんなに心が満たされ喜びにあふれた気持ちで日々を過ごすことができたことは、現在までの人生を振り返っても無いように思う。本当に私は受かったのだよね、とどれだけ母と繰り返し話をしたことか。母は飽きもせず私の話にいつまでも付き合ってくれた。

毎日、早朝には目が覚め、「がんばれ元気」というアニメをこたつで横になりながら見たりした。春の訪れと清々しい外の雰囲気が疲れ切った心を癒してくれた。その不思議な期間はそんなに長くないはずなのだが、記憶の中ではものすごく長かったように感じる。

合格発表後の休み期間中に塾の主催する合格祝賀会があった。塾長から母に、祝賀会で私に代表挨拶をしてほしいとの依頼の電話があった。母が言うには、私は人前で話すなんて出来ないといって断ったというが、そのような話自体を私は全く覚えていない。今思えばそれなりの思い出になったのだからやっておくべきだった。それにしてもそんな大事をどうして私は覚えていないのか分からない。塾全体で見れば私より優秀な人はいくらでもいたのだから、私が選ばれたのは何故なのか今だに良くわからない。塾にしてみたら私が合格するとは思わなかっただろうから何かと目を引いたのかもしれない。

祝賀会はホテルの大ホールで行われる毎年恒例の行事だった。二万円のフルコース料理が全塾生に振舞われた。将来必要となった時のためにフォークとナイフの使い方やコース料理の食べ方を勉強するという意味もあった。コース料理の前に塾長のあいさつなどがあって、私はひたすらぼんやりとしていたような気がする。あいさつが終わると優秀賞の授賞式が始まり、選ばれた生徒の名前が呼ばれていた。ぼんやりしていたら、突然、私の名前が呼ばれて本当に驚いた。事前に聞かされていなかったし、私は関係無いと思っていた。その時にもらった大きなトロフィーが今も実家に残っている。

コース料理が始まると、ホテルの人が食べ方を丁寧に説明してくれた。その説明とは、フォークやナイフの選び方や使い方、様々な細かい作法についてだった。母の野菜を中心とした煮物料理をいつも食べていた私にはおいしいのかどうかわからなかった。私にとってはあっさりとした母の田舎料理の方がずっとおいしく感じた。子羊の肉のソテーというのを覚えているがその名前だけで気持ち悪くなりそうだった。食べてみたら今まで味わったことのない不思議な味で、名前は不気味だけど意外と美味しいんだ、と思ったことを覚えている。今思えば是非もう一度食べてみたい絶品料理だった。

そんな祝賀会の記憶もそのあたりで途切れている。どのように家に帰り、その後、家族とどんな話をしたのか、トロフィーを見た母はどんな顔をしたのか、全く覚えていない。その後、高校に入学するまでは、正月に全く遊べなかった分を取り戻すかのように、家族で花札をやってもらった記憶が朧気に残っている。中学三年間は私にとって激動の日々だった。そんな日々も終わりを告げ、更なる旅がこれから始まろうとしていた。

一九八六年三月末