翌日の夕方に執刀医が病室に来て、診察を終えたあと話をした。手術は実に上手くいった、本当によかった、と言われた。私は大動脈について質問をした。
執刀医は、「詳しく調べた結果、 “タカヤス イシュー ” であることが分かった」と言った。日本人に多く見られる病気で、日本人医師によって発見されたためそのような名前が付いている、と説明した。
私は何のことなのか全く分からなかった。初めて聞く言葉だったが、とにかく置換する必要がなかったのだから名前が何であろうとあまり気にしなかった。今思えば大変なことなのだが。執刀医は、開胸時に大動脈の組織を取って組織検査をした、と言っていたがそれ以上の説明はなかった。携帯は病室には持って来ていなかったのでネットで調べることもできなかった。
私は、とにかく早く回復することだけに集中しており、大動脈のことはもう忘れていた。その時は、まだほとんど歩けず、ちょっと動くと痛みが走り心臓もバクバクした。ベッドで寝返りさえ打つことができずとても不自由だった。
そんな日々だったが夜明けが来るとほっとした。闇の終わりが自分の将来への希望と重る気がしたからだ。カーテンは閉めず、私はいつも窓の外を眺めていた。
二〇一五年八月
