小学四年

小学四年になった時、微かな希望が生まれた。四年生から六年生の三年間を受け持った担任の先生は、これまでの先生とは違い給食を残すことに関して厳しくなかった。どうしも食べられない物を無理して食べることはない、という考えだった。今思えば、その先生は、私が低学年の時に経験したような食に関する教育の仕方には反対だったように思う。

それだけで私は地獄から救われた気持ちだった。小学生の間は給食は常に緊張する時間だったが、低学年の時のようなことはもう起きないと思えるだけでどれだけ安堵できたことか。

そして、四年生になった頃から、勉強も少しずつ出来るようになってきた。低学年の頃は五段階の通知表で二か三ばかりだったが、理科や体育など五が一つ、二つ貰えるようになっていた。

その頃から次第に学校に行くことが嫌ではなくなっていった。給食の不安が緩和したことで全てが上手く回り始めていた。取柄がほとんどなかった私だったが、高学年になると、書道、マラソンが得意な子だと学校が認識してくれるようになっていた。

私は、もともと引っ込み思案な性格で、その性格は変わりようがなかったが、それでも少しずつクラスの中で自分を出せるようになり学校に居ることが楽になっていった。

小学四年は私にとって、幼少・児童期の分岐点だったように思う。この時を境に暗い日々から次第に明るい日々に変わっていったように思う。四年生から六年生の担任の先生は厳しかったが、尊敬できる人だった。あの先生が担任になっていなかったら私の人生は違っていたと思う。

その先生とは、小学校卒業後すぐに行われた同級会で会った以来、一度も会っていない。まだご健在であることを祈り、帰国の際には挨拶に行きたい。

一九八〇年