外食は贅沢であったため、めったに行くことはなかった。私が低学年の頃、母が正社員の仕事を始めてから忙しくなり、家で料理をする時間が取れない時もあったことから、外食が少しずつ増えた。それは収入が増え生活に余裕が出てきたからでもあった。
外食は家から歩いて行ける近場だった。中華レストランや回転寿司に行ったりした。私は、中華レストランに行く時が特に嬉しかった。大きなテーブルの席で座り心地の良いソファーが贅沢な気持ちにさせてくれた。デザートにはいつもプリンアラモードやクリームソーダを頼んだ。
外食は休日に家族四人で行ったり、平日は母と姉と私の三人で行った。家族四人で外食をすれば一回の食事だけで三、四千円はかかった。それだけあれば家族で何日も食べることができる食材が買えたのだから、贅沢には違いなかった。
レストランで食事を終え、みんなで話しながら歩くのは楽しかった。今思えば、外食などより、本当は母の心のこもった手料理の方がずっと美味しく贅沢だった。その時はレストランが珍しく良く見えただけだった。
その当時、家の近くには洒落た洋風レストランもいくつかあったが、ついに一度も入ることなく無くなってしまった所も多い。今は殺風景となってしまった街も、あの時代は明るく賑わっていた。
一九八一年