小学四年になってからしばらくして、私は再びサッカー部に入部した。なぜ入部したのかはっきりとは覚えていないが、サッカー部に入っているクラスの友達に誘われたか、マラソンが得意だった私を見て担任の先生が進めてくれたか、だったような気がする。
その頃から私は運動神経が良いと言われるようになっており、サッカー部に再入部後しばらくして補欠ではあるが十三~四名の一軍に選ばれていた。
サッカー部の先生は三年生の時から替わっていた。その先生は大学生までサッカーをやっていた経験がありとても詳しかった。三年生の時の先生は声を荒げたりせず、サッカーの楽しさを伝えようとする人で良かったが、学校の分離に伴い新設の学校へ転出してしまった。一方、新しい監督は典型的な体育会系で厳しかったため私は好きになれなかった。サッカー部は規模が大きく、主に四年生以上の高学年が対象で部員数は八十名くらいだった。
それからは月曜日から金曜日の放課後は三時半から六時くらいまで、土曜日は午後一時から四時くらいまで練習し、日曜日は練習試合などの時以外は休みだった。また、雨が酷い時は休みだったが、雪の日でも練習できる日は普通に行われた。土日は練習試合で他の学校に行ったりすることも多かった。
土曜日はお弁当を持参したが、時には学校の近くにあった流行りのほかほか弁当で「から揚げ弁当」を買ったりしたことが楽しかった。土日は、ポカリスエットやゲータレードを専用の容器に粉末を溶かして作り、氷を入れたり凍らせたりして持って行った。土日以外は学校への飲み物の持ち込みは禁止されていた。その当時、運動中は水を飲んではいけないという前近代的な精神論が常識となっていたため、部活中は校庭の隅にある水道で一口の水だけしか飲むことが許されていなかった。あとは部活後にその水道に皆並んで順番を待ってがぶ飲みをした。
スポーツドリンクの容器や専用ケースは様々なものがあり、いくつか買って貰った。スポーツドリンクの粉末も色々な味のものがあり、新発売のものは真っ先に買って貰った。そんなことが楽しかった。
一九八〇年