小学三年は小学生時代の中で学校での記憶が最も薄い時期だった。小学二年の担任は変わり新しい先生となり、給食に関して二年の時のような異常な厳しさは無くなったが、少しましになったという程度だった。
一度入部したサッカー部を退部してからは、放課後の夕方明るい時間に家に帰った後、テレビを見たり、近所の子と虫取りに行ったり、工作をやるなどして時間を過ごしていた。
その頃、インベーダーゲームなどのビデオゲームが流行りだし、私は学校から帰ると幾らかのお金を持って近くのスーパーにゲームをしに行くようになっていた。
両親は共働きのため、学校から帰っても家には誰もおらず、そのような所に出入りしていた。スーパーに置いてあるゲーム機は喫茶店にあるものとは違い、立ってゲームをするようになっており、画面もあまり綺麗ではないためゲーム代も安かった。喫茶店などに置いてあるものは一回百円だったが、スーパーのものは一回五十円でやることができた。
またビデオゲームだけではなくルーレットゲームにも夢中になった。ゲーム機の置いてあるおもちゃ屋でお金をコインに替えてもらい、そのコインを賭けて遊ぶものだった。光の信号がルーレットを周り、賭けた絵柄に止まると倍率に応じた枚数のコインが出て来るというものだった。
私は、そのルーレットに夢中になり、最終的にその光の信号がどのように動くのかほとんど解読することができた。ある絵柄に止まった場合、その次に止まる絵柄は対角線上からいくつ離れた場所の絵柄、という風にパターンが分かった。
一番倍率の高い絵柄は一つしかないが、そこに止まる時を知っていた。その絵柄はピエロで一枚のコインにつき三十枚のコインが出てくる倍率だった。その絵柄にとまるパターンはとても少ないが、そのパターンが来た時は最大に賭けられる四枚を賭けた。そして、当然のように百二十枚のコインを手にした。
そのうちに、ゲーム機に入っているコインをすべて取ることができ、ゲーム機から出てこなくなるとおもちゃ屋の人に言いに行きコインをもらった。家には大量のコインが溜まるまでになっていた。しばらくするとそのゲーム機はなくなり違うコインゲームに替わっていた。私は違うゲーム機でも同じようにコインをすべて取れると思い、家にある大量のコインを使い始めたが、新しいゲーム機はとても難しく、結局、すべてのコインを吸い取られてしまった。
その頃は、ゲームセンターに行ったりしたこともあり良くない遊びをしていた。学校に行くこと自体に強いストレスを感じていた私には、そのような遊びはすべてを忘れて夢中になれる数少ない事の一つだった。
一九七九年