サッカー部

小学三年になった時に第二クラブが創設された。第一クラブは元々科目の一つとして時間割に組み入れられており、全員が何かのクラブに入って活動するものだった。例えば、釣りクラブや手芸クラブなど様々なものがあった。一方で第二クラブは、希望者だけが放課後に行う部活動だった。

サッカーが導入されることになったが、当時、もっぱら野球が一般的で「サッカー」という言葉を聞いたことのある人はほとんどいなかった。何かよく分からないが、多くの子が第二クラブに入ったので私もその流れでやってみることにした。サッカー部には、運動が好きな女の子も何人か入っており、最終的に八十名くらいの生徒が集まっていた。

可能であれば専用シューズが良いといわれたが、私は母と靴屋に行ってとりあえずランニング用のシューズを買って貰った。ボールを蹴るためランニング用では不十分だったが、特に問題はなかった。

最初の頃はボールの蹴り方やドリブルの仕方などを教わりながら未知のスポーツに触れているという感覚だった。放課後、部活が休みの時は何人かの部員で近くの空き地に集まり、リフティングやパスの練習をしたりしたこともあった。特にリフティングは何回できるか競い合ったりもした。しかし、しばらくすると私は、放課後の学校に居続けるという状態が嫌で嫌で仕方なくなってしまった。

その頃も学校が嫌いであることに変わりがなく、出来るだけ早く家に帰ってひとりでテレビを見たりプラモデルを作ったりしたかった。そのうちに部活をさぼるようになり、時には母の会社に行かないといけないから、と明らかに嘘だと分かるような嘘をついて練習に行かなくなってしまった。そのことで担任の先生に問い詰められたこともあった。

共働きだった両親からすれば、夕方遅くまで私に学校に居てもらった方が良かったと思うが、その時の私は学校を牢獄のように思っており、出来るだけ居たくない場所だった。

結局、しばらくして部活をやめて元の生活に戻った。下校して家に着くと夏場は虫取りをしたり近所の子と鬼ごっこをしたりして遊んだ。それ以外の季節はひとりでテレビを見たり、工作をしたりして遊んだ。そんな日々は小学四年の時に再びサッカー部に入部するまで続いた。

一九七九年