小学校も卒業する時が訪れた。卒業式へは、みんな学生服を着て出席した。体育館で式典が進む中、下級生と卒業生との対話形式のやり取りは感動的な場面であり、出席した親達の多くはハンカチで涙を拭っていた。
卒業式後は、教室に戻り担任の先生の話を聞いたり、クラスメイトと話をしたりした。六年生のほとんどは同じ中学に進学するため、卒業とは言っても皆が離ればなれになるわけではなかった。
卒業おめでとう、という多くの人からの言葉があった。その時は、何が「おめでとう」なのか分からなかった。あとになり、大きなけがや病気もなく卒業まで来れた事は祝福すべき事なのだと理解した。
今思い返せば、学校では辛くても、近所で毎日のように走り回った日々があり、虫取りに明け暮れた日々があった。書道に打ち込み展覧会で上位入賞を目指し母と共に歩んだ日々、毎週のように父と魚釣りに海へ出かけた日々があった。
暗闇を彷徨った低学年時代から、何かが変化し始めた高学年時代。様々な葛藤や満たされない感情に自分でもどうしてよいのか分からなかったサッカー部での日々。それでもなんとか過ごすことができた。幼少・児童期の体験は、これまでの人生を生きる何かの尺度となったことは間違いない。
私の幼少・児童期はこうして終わりを告げた。
一九八三年 春